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東京地方裁判所 昭和48年(行ウ)61号 判決 1976年4月30日

原告 渡辺重夫

被告 関東地方建設局長 ほか一名

訴訟代理人 山田厳 石川博章 ほか六名

主文

原告の各請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた判決

一  原告

1  被告関東地方建設局長が原告に対してなした昭和四四年九月一日付戒告の処分は、これを取消す。

2  被告国は原告に対し金一〇万円を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  被告ら

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、建設省関東地方建設局東京国道工事事務所(以下「工事事務所」という。)に勤務する国家公務員である。

2  被告関東地方建設局長(以下「被告局長」という。)は、昭和四四年九月一日原告に対し戒告の処分(以下「本件処分」という。)をした。

3  しかしながら、右処分は違法であるから取消を求めるとともに、右違法な処分によつて原告は相当の精神的損害をこうむつたことが明らかであるから、被告国に対し慰藉料として金一〇万円の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否<省略>

三  本件処分の適法性に関する被告らの主張<省略>

四  本件処分の適法性の主張に対する認否<省略>

五  本件処分を違法とする原告の反論

人事院規則一五-六第五項によれば、「休暇は、あらかじめ職員の所属する機関の長の承認を経なければ与えられない。」と規定されているが、右の承認は完全な意味の自由裁量ではなく、有給休暇請求権の法理とその権利性尊重のかねあいによる制約をうけた覊束裁量行為であつて、所属長は事務の繁閑をはかり事務に支障のない限り承認すべきものである。そして、事務に支障があるかどうかを判断するにあたつては、当該職員の職務内容との関連性を捨象した所属する事務所全体の状況などは基準とすべきではなく、右職務内容を具体的、個別的に検討して決定されるべきである。本件において原告の休暇請求日が会計検査の期間中であるとか、原告の所属する経理課が会計検査の主管課であるということは、せいぜい抽象的な不安感ないしは工事事務所側の受入建前論にすぎず、原告の職務内容と会計検査との間の具体的な密着性はなにもない。その他、次の各事情から、原告の休暇申請を承認しなかつたことは裁量を誤つたか或いは濫用したかのいずれかである。

1  原告の職務内容

原告の職務は会計検査の対象になつておらず、職務内容からみて会計検査との間の関連性はほぼ絶無である。すなわち、原告は証拠書類の整理編綴を職務とし、経理係の職員の中でも最も下級の職員であつて、整理といつてもその内容は書類の日付、印洩れの有無を確認するにすぎない機械的、補助的な作業であつて、なんら実質的な判断作業ではなかつた。証拠書類は月日別に整理編綴され、事務室の書棚に陳列されているのであるから、職員であれば何人も容易に必要書類を発見できることは明らかであるが、それはともかく実際問題として各担当課には同一の書類が存在し、説明要員は経理係保管の証拠書類を利用することなく、手持の書類で充分に検査官に対して説明可能であり、またそうするのが実情である。原告は昭和四二年以降、会計検査の機会に三回めぐりあつているが、その間一度たりともその保管にかかる証拠書類を提出したこともないし、本件会計検査に際しても、その準備期間中及び実施中に会計検査に関連性のある作業には全く関与しておらず、また上司から作業指示をうけたことがない。

2  会計検査の客観的側面からみた事務の支障性の中味

建設省の現場関係である工事事務所における会計検査は、工事費が予算の八割を占めるという仕事の性格からみて、書類検査と工事検査に大別され、また工事事務所関係と管下出張所関係に区分されている。本件の検査においても、前半の七月二八日と二九日の両日は工事事務所における書類検査、同月三〇日と三一日の両日は出張所における工事検査が実施され、八月一日には再度工事事務所において書類審査が予定されてはいたが、これは工事検査中に発見された問題点審査のため予備的、補充的に設けられたものであつて、従つて直接工事を担当する課が検査官に応待することになり、純粋な事務系である庶務課ないしは経理課にとつては直接関係はない。このように八月一日に関しては、同じ書類審査という言葉が使われていても、七月二九日までの検査とは質的、量的に大きな差異があり、しかも八月一日の検査事項は七月三〇日、三一日の段階で予測され、それは原告を含めた経理課の所管事務とは関連性がなかつたのであり、このことは当時すでに所属長も具体的に知つていたのである。以上のような事情であるから、会計検査のため日常業務が停止している以上、八月一日にはいかなる意味においても原告の年次休暇が事務に支障をきたすことはありえないところである。

3  原告の休暇事由の緊急性と不代替性

原告は全建設省労働組合(以下「全建労」という。)関東地方本部(以下「関東地本」という。)東京国道支部(以下「支部」または「東京国道支部」という。)の副支部長であつたが、全建労本部、関東地本、支部の機関決定により、八月一日は公務員共闘会議が主催した賃金引上げの統一行動につき関東地本の責任者の一人として、上京団の案内統率の任務を負つていた。当日は関東地本では他に組合員配転反対闘争の集会等も企画されていたり、専従者の不足その他組合内部の事情から、どうしても原告を参加させざるをえなかつたものである。原告は休暇願提出に際し中山経理係長に対し、また不承認の告知をうけてから渡辺経理課長に対し、原告が前記目的で休暇を申請する旨その理由を述べ、さらに原告の休暇申請が不承認となつてから、関東地本では労使関係の窓口を担当している関東地方建設局の丸山厚生課長に要請して善処を求めたが、いずれも何らの配慮が得られなかつた。工事事務所の上司は、支部の副支部長である原告が組合関係で休暇を申請していることを知りながら、組合活動を規制するため本件不承認の措置をとつたものであり、これは原告の職員団体における正当な行為に対する不利益取扱いに該当するが、なお中山係長は原告に対して特殊な感情をもつているので、事実上原告に対する報復措置といえるものである。

4  原告や東京国道支部が八月二日及び四日にした所属長に対する欠勤措置取消の要請は、国公法一〇八条の五にいう交渉、不満の表明ないし意見の申出である。

第三証拠関係<省略>

理由

一  請求の原因1、2の事実は、当事者間に争いがない。

二  本件処分の適法性に関する被告らの主張について

1  原告が昭和四四年七月三一日に翌八月一日の年次休暇の申請をしたが所属長の承認が得られなかつたこと、原告が八月一日に一日欠勤したことは、当事者間に争いがない。

<証拠省略>によれば、次の各事実が認められる。

(1)  会計検査実地検査の施行

当時、工事事務所においては会計検査実地検査中であり(このことは、当事者間に争いがない)、七月二八日、二九日の両日は工事事務所で帳簿等の書類検査、七月三〇日、三一日、八月一日午前は管内の四出張所(亀戸、金杉橋、四谷、万世橋)でそれぞれ工事施行状況の検査、八月一日午後は工事事務所で再度書類審査、八月二日は講評が行われるという日程であつた。八月一日午後の書類検査は、七月二八日、二九日の書類検査の際に検査官から指摘された事項や各出張所における工事に附随した問題点についての検査も含めて再び書類全般の調査が行われる予定であつた。会計検査には建設省、関東地方建設局からも関係部課長が来て検査に立会い、検査官に対しては工事事務所長、各課長が説明にあたり、職員は各自の分担事務を確認し必要に応じて書類を提出しうるように待機する等、工事事務所としては平常業務を停止して挙げて会計検査にそなえる態勢をとつていた。工事事務所経理課は会計検査の主管課であるが、中でも原告の所属する同課経理係は工事事務所所管事務の経理が終局的にすべて書類として保管されている同課の中心的役割を果たす立場にあつた。右係における原告の担当業務は、決議書、契約書、請求書、領収書等の証拠書類の形式を審査し、これを種目別、日付別等に整理し編綴する業務であつたが、証拠書類は会計検査と直接関係を有するものであつた(原告が経理係に所属し証拠書類の審査及び整理事務を所掌していたことは、当事者間に争いがない。)。

(2)  渡辺経理課長の休暇不承認とこれに対する原告の態度

工事事務所長から経理課所属職員の年次休暇承認の権限を委任されていた渡辺経理課長は、工事事務所が(1)記載の状況にあることから、特別の理由がなければ当日は原告にも出勤してもらいたいと考えて原告に休暇の理由を尋ねたところ、原告は「休暇は申請書を出しさえすればいいのだ。理由はいう必要はない。」「課長や係長がいれば会計検査には説明できるではないか。できないのであれば課長や係長の資格はない。」などとまくし立て、揚句の果て「休暇願書を出せば当局は当然これを承認しなければならないのだ。そんなことがわからないなら人事院に聞いてみろ。」といいながら、課長席の電話を取り上げて渡辺課長に突きつける有様であつた。そこで渡辺課長は休暇を承認することはできないと判断して出勤を命ずるとともに休暇願書を原告に返却すると、原告はこれを再び課長に突きかえし、以後同日退庁時にいたるまで何回も願書の返却や突きかえしが繰り返され、遂には原告は自席の机上に願書を置いたまま退庁した。

(3)  八月二日の原告の行動

原告は八月二日午前八時四三分頃出勤し、八月一日の勤務状況が「欠勤」として処理されているのを見て憤慨し、勤務時間中であるにも拘らず、中山経理係長の席に赴いて同係長に出勤簿を突きつけ、「これは誰が欠勤としたのだ。休暇願は出してあるはずだ。」「これを取り消せ。」などと大声で怒鳴り散らし、渡辺課長らの説得に従わず午前八時五〇分頃までの約七分間故なく自席を離れて不当な抗議を行つた(原告が所属長に対し欠勤措置の取消を求めたことは、当事者間に争いがない。)。

なお、同日は土曜日であつたが、午後雰時三〇分頃原告は東京国道支部組合員八名をひきつれて渡辺課長の席に押しかけ、原告が中心になつてこもごも同課長に対し「賃金カツトはおかしいではないか。」「欠勤を取り消せ。」「課長の考えでいつでも休暇に直せるではないか。」等と大声で抗議して欠勤処理の取消し方を要求した。

(4)  八月四日の原告の行動

八月四日午前九時三〇分頃原告は勤務時間中であつたにも拘らず自席を離れて渡辺課長席まで来て、「休暇願書が出ているのに欠勤にするのはおかしいではないか。課長の考えひとつで休暇になおすことができるのだから欠勤を取消せ。」等と大声で執拗に欠勤処理の取消しを要求し続けて午前九時三五分頃までの約五分間、その職務を放棄して不当な抗議を行つた(原告が所属長に対し欠勤措置の取消を求めたことは、当事者間に争いがない。)。

以上の認定に反する<証拠省略>は信用せず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

2  ところで、人事院規則一五-六第一項、官庁執務時間並休暇ニ関スル件(大正十一年閣令第六号)第五項により年次休暇は事務の繁閑を計つて与えることができるものと定められているにとどまるから、右の休暇を与えるかどうかの判断は所属長の自由な裁量に任せられているといわなければならない。

そして、前記認定のように工事事務所において当時会計検査実施中であつて事務所を挙げて検査の円滑かつ完全な遂行に対処していたこと、原告の属する経理課がその主管課であるという事情は事務の繁忙というを妨げないところであり、八月一日における検査が原告の主張(本件処分を違法とする原告の反論2)するように単なる予備的、補充的に定められた日程であるとか、経理課所管事務とは関連性がなかつたとかについてはこれを認める証拠はないし、また経理課における原告の担当職務が会計検査と全く関連性を有しないものではないことは原告の主張(前記原告の反論1)に徴しても明らかである。

そうとすれば、渡辺経理課長が原告の休暇願を承認しなかつたのは、当日の事務が繁忙であつて休暇を与えることが相当でないと認めたからにほかならないから、それが著しく条理に反し不当でない限り、右不承認の措置を違法とすることはできない。

原告はこの点について、八月一日は全建労の組合用務のために休暇申請をしたと主張するが、休暇願書提出に際し、あるいは渡辺課長の休暇理由の質問に対し原告が右の休暇申請理由を開陳したとする<証拠省略>は信用せず、他にこれを認めるに足りる証拠はないし、また<証拠省略>によれば、原告の休暇申請が不承認となつてから関東地本が関東地方建設局の厚生課長に善処を求める電話をしたことが認められるが、そのことが渡辺課長に通じたことの証拠はないから、渡辺課長が右理由を考慮しなかつたことは不当といえない。なお、前記1(3)、(4)認定の原告の欠勤措置取消要求の行為が国公法一〇八条の五にいう交渉、不満の表明ないし意見の申出であるとは、到底認めることができない。

3  以上のことからすれば、(1)原告があらかじめ休暇の承認を経ないで八月一日に欠勤した行為は、国公法八二条二号の懲戒事由に該当するとともに、同法一〇一条一項に違反し、同法八二条一号の懲戒事由に該当し、(2)原告の八月二日及び四日の、上司に対して大声で不遜な態度をもつて欠勤措置の取消しを執拗に追つた行為は、同法九九条に違反し、同法八二条一号の懲戒事由に該当するとともに、この間勤務中みだりに席を離れ職務を放棄したことは、同法八二条二号の懲戒事由に該当し、さらに同法一〇一条一項に違反し、同法八二条一号の懲戒事由に該当するから、被告局長がこれに対する懲戒処分として戒告の処分を選んだことは相当というべきである。

三  被告国に対する請求について

叙上判示のとおり、原告に対する被告局長の懲戒処分は相当であるから、被告国に対する損害賠償請求はその余の点の判断をするまでもなく失当である。

四  結論

よつて、原告の本訴各請求はいずれも理由がないから棄却することとし、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 西山俊彦 原島克己 大喜多啓光)

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